2月の便り

『 きく 』  ~無意識から意識化へ~
人は、生まれたばかりの頃は泣くことで自分の意思を伝えますが、次第に喃語を話すようになり(大人には聞き取れない言葉かもしれませんが)、やがて、その人が生まれた国や地域の言葉を話すようになります。
日本に生まれれば(日本人の親の元に生まれれば)、当然のように日本語を話すのです。

それでは、私は、いつどのようにして言葉を獲得してきたのでしょう。
親から単語を教わったり、文法を教わった記憶はありません。
いつの間にか…、気がついたら…、と言えるでしょう。
人間の子どもには素晴らしい能力が備わっており、“吸収する心”と共に、努力をしなくてもその力を獲得出来る特別な時期である“敏感期”があります。
言葉の敏感期にある子どもは、無意識のうちに周囲の環境から“ことば”を吸収しているのです。

やがて成長した子どもたちは、集団生活の中で『聞く力』を獲得していきます。
『聞く力』とは・・・
例えば、沢山の音が聞こえる時、その中から自分にとって必要な情報を聞き分ける。
大勢で一人の話し手が話しているのを聞いている時、その話は自分にも話していると理解し
耳を傾ける。
聞いたことを理解し、理解したことを正確に実行に移す。

例えば、大勢で歌ったり発表したりする場面で、他者の声を聞きながら自分も声を揃えようとする。
人数が多い時(広い場所)に出す声と、人数が少ない時(狭い場所)に出す声の大きさを変える。

例えば、自分の体験や意見などを友だちが話しているのを最後まで聞こうとする。(最後まで聞いてから自分の話を始める)
相手が声にならない声で話しているのを見て、その人の心の思いに耳を傾ける。
・・・等など。

意識して耳を傾けて聞くことは、「わかった!」との出合いです。小さな「わかった!」の積み重ねが理解力となり、もっとわかりたいとの思いが、更にしっかりと聞こうとする態度を培うのです。
この良い循環の為に、大人は小さい子どもがわかりやすい速さで語りましょう。
語尾(肯定:否定)が聞き取りやすいように話しかけましょう。
聞くことに集中するために、動きを止めてみましょう。(視覚が聴覚を遮ることがあるからです。例えば、目を閉じるといつもは気づかないような音にも気づけたりしますね)

日常の何気ないやり取りの中にこそ、聞く力の獲得に有意義な関わり合いが潜んでいると思います。
さあ、私たち大人も、“意識”して子どもたちの語りかけに耳を傾けてまいりましょう。

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1月の便り

『 みる 』   ~ 無意識から意識化へ ~
生まれて間もない子どもの瞳にはいったい何が、どのように見えているのでしょう?
まだ言葉を獲得していないこの時期の子どもが、もし話せるとしたら、何を語ってくれるのでしょう?
さぞかし、私たち大人とは違うことでしょうね。

人間の子どもは、生まれてからすぐに五感をうんと働かせ、周りの環境をキャッチし自分を順応させていると言われます。特に、3歳位までの子どもたちは吸収するエネルギーが発揮されますので、まるで乾いたスポンジが水を吸い込んで膨らむようなものです。“気づいたら入っていた!”とも言えるでしょうか。このころは、無意識の時期でもあります。
そうして、人間は成長するにつれ、こうしたい、ああしたいという自分の意思(意志)からの動きをするようになっていきます。意識化へと変化していくのですね。

子どもたちの園生活の様々な場面で、『みる』事について考えさせられることがありました。
「できない~!」の声に、手伝いますか?と尋ねると、ウン。
手伝い始めると、オヤッ?視線はどこへやら…。
そうなのです、まかせっきりになっているのです。
もしかしたら、して貰い慣れているのかもしれませんね。

そこで、工夫。
手伝う場面で子どもに「見ててね」と言ってから手を動かすようにしたり、まかせっきりの人には「見ててよ~~~~(時間稼ぎをする)」と言いながらいくらか実況中継状態で手伝いました。
すると、面白いことに、見(観)ることのできる人ほど、手伝いの手を解いて自分でやり始めたり、間もなく黙々と自分でしている姿を見かけるようになったり、出来るようになるのが早いと感じたりしたのです。
おそらく、見ることでコツを掴めたのでしょう。

子どもは自立を望んでいます。
子どもは、“自分でする!”、“これ、やってみたい!”等など、エネルギーに満ち満ちています。が、まだまだ上手く出来ません。なぜなら、子ども時代は、生き方を学び、繰り返し練習できる時代なのですから。

上手くできないことに対して、子どもにはやってみたい気持ちが強いものです。
このような時がチャンスです。子どもは自ら、繰り返しするでしょう。やがて、“できた!”、“わかった!”という瞬間が訪れるのです。この時の喜びは、どんなほめ言葉にも勝る深い喜びだと思います。
けれども、大人の援け方のタイミングがずれると、“これはやって貰うものだ”と思い込んだり、“やって貰う方が楽~♡”(自分が面倒なことで苦労しなくて済みますから)と勘違いしてしまうかもしれません。
要注意ですね!!

新しい一年が始まりました。
今年、今まで以上に子どもたち一人ひとりが、自分の足で力強く歩む一年になるようにと願っております。
そのために子どもが自分の目で意識して『みる(見る・観る)』ことが出来るよう、大人の関わり方も意識してみませんか。

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12月の便り

『 待つ 』
藤幼稚園の待降節が始まりました。
世界中のキリスト教会や学校・施設などでもクリスマスまでの四週間、救い主イエス様のお誕生を楽しみに、心の準備をしながら過ごしていることでしょう。

待降節は、天地創造のはじめに創られた人間(アダムとイブ)が神と交わした一つの約束を破った為に失った神との関係を元に戻すために、“救い主をおくる(=イエス様のお誕生)”という新しい約束の実現に希望し長い間待ち続けたことを思い起こす季節。

日頃、小さい人たちと生活をしていると、あちらこちらで自分の世話に手間取りながらも(時には、怒ったり、ウルウルすることもありますが)何とか自分の力でやり遂げようとする場面に出合います。
今の季節であれば、玄関で靴カバーを下げて靴を脱ぐ場面・ウエアを脱いでロッカーのフックにかける場面・裏返っている袖やズボン部分を表に返す場面・手袋をはく場面・雪遊びでぬれた靴下を取り替える場面等など・・・
あるいは、朝や帰りの挨拶の場面・相手に悪いことをして謝る場面・自分の思いを相手に伝えようとする場面・何かをしてもらってお礼を言う場面等など、相手と良い信頼関係を築くために必要なことを学んでいる場面にも出くわします。

このような様々な場面は、小さい人自身が自ら手足を動かしたり、声を出したり、選んで決めたりすること
によって、自分の足でしっかりと歩む力が育つチャンスと受け止めています。
そのような時、大人がチョッピリでも“待つ”と、良い結果につながることが多いように思います。しかも、その時間は、ほんの一呼吸。

チョッピリでも待つと、子どもの思いが見えてくることがあるからです。
例えば、やり方がわからず困っていると判れば、やり方を伝えます。言いたい気持ちがあると判れば、表現する言葉を伝えます。その時々によって、大人がどのように子どもを手伝おうかと考え、対応することになるでしょう。
いずれにしても、自分でやりたいという思いでいっぱいの人なら、少し手伝ってその人ができるようにする方がその人自身に深い喜びがある筈ですから。

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11月の便り

『出番づくり』
今年度も半年が過ぎ、子どもたちが個人としても集団としてもパワフルに成長変化する毎日。この頃は、
子どもが成長するスピードに大人が間に合っていないな と思える場面に出くわすことが多くあります。
例えば、「なんか手伝うことな~い?」という申し出、一人の時もあれば、グループの時も。
またある時は、お知らせバサミにプリントをはさむ作業をしているところへいつの間にか子どもが集まってきて、「何してるの?」から始まって「それ、やりたい」の声になり、自由遊びの時間を殆んど“仕事”をして過ごした人たちもいました。
時折、近くにいる人に伝達事項を書いたメモを渡しながら「○○先生に届けてもらいたいんですけど・・・」と頼むことがありますが、その直後にメモの取り合いになったりします。そのような時は、同じ担任に届ける1枚のメモを1件ずつに切り分けてお使いを頼むこともありました。

年齢に関わらずとても意欲的で、面倒がらずに引き受け、頼まれたことが出来たことを喜んで、そのことを「やって来たよ」と律儀に報告する子どもたち・・・、いつも感心させられます。
お手伝いを喜んでする時期には個人差があり、その時期を過ぎるとなかなか喜んでという訳にはいかなくなります。喜んで出来るうちに、様々なことを体験させてあげたいものです。そのためには、大人の工夫も必要ですね。
先日の雨上がりの朝のこと。
いくつかの水たまりの水が引くと外遊びが出来そう・・・ということで、職員が水をスコップやホウキで流していたところ、「何してるの?」の声。「僕もする!!」「オレも!!!」初めは年長の男の子3人が作業を始め、やがて年中や年少の男の子も加わり、そこはすっかり力強くカッコイイ“男の世界”。
30分あまりの作業でしたが、水がはねても靴に泥がついても気にすることなく、ひたすら水を集めてはスコップですくい、バケツに入れては近くの溝に流していました。
大人がしていることをじっくり見、やっていく内にすっかり引き受け、見事なチームワークで作業が進み、子どもたちの姿に本当に感心したのでした。

生活に密着した事柄は特によいですね。なぜなら、本物を扱えるし、本気になることが出来るからです。いつも真剣に生きている子どもたちですから、ピッタリです。(他にも 自分の身の回りの世話、親の手伝い)
そして、何よりも幼児期の子どもたちは動きながら学んでいますので、自分にピッタリの活動に出合えた人は心からの満足感を味わうことでしょう。この満足感は子どもたちの成長に欠かせないもので、子どもの心に落ち着きが出たり、次第に他者とのトラブルが減っていくことさえあります。
さあ、身近なところから”子どもの出番”を作り出していきましょう。

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9月の便り

『自分の力で伸びていく子どもたち』
様々な物や人に対して、子どもたちはよく“じ~っと見ていたり”、“じ~っと聞いていたり”、“じ~っと嗅いでいたり”、“じっくり触っていたり”しています。
年齢が低い程よく見られる姿ですね。
私は、その瞳に見つめられるとたじたじになってしまいます。(何か見透かされているような・・・)
子どもたちにはいったい何が見え、何が聞こえ、何を感じ、何を考えているのでしょう?

子どもたちの探索行動は、大人が止めても止めても、止まることのないエネルギーで溢れています。
丸刈りにしたばかりの友だちの後頭部を、首から上へなでて感触を確かめる人。
水たまりに長靴で入り、水の深さを長靴の長さで測る人。
段差のある所から飛び降りてみる、だんだんと高い所を選んで飛び降りる人。などなど・・・・・・
「これってどんなだろう?」 「こうしたらどうなるのかな?」 まるで『興味のアンテナ』が張り巡らされているかのようです。
その疲れを知らない姿には感心させられます。
こうして子どもたちは周りの環境(世界)を知り、どのように関わるかを自分の力で試し確かめているのですね。

このような時期の子どもたちにとって、失敗を当然のこととして受け入れられることは大切なことです。
出席カードにシールを貼る指先がなかなか枠の中を狙えず、何度も貼っては剥がしている・・・
ハサミで線を狙って切ろうとするけれど、気がついたら線はどこへやら。けれどもちっとも気にせず、何度も切っている。よく見ると、ハサミを動かす手の動きとピッタリ合わせて口も動いている・・・
同じことを何度も何度も繰り返すことが練習になり、やがて出来なかったことが出来るように変化していくのですね。この根気は、子どもたちの中にある“やってみたい!!”エネルギーの現れ。

そばに居る大人が「代わりにやってあげたい親切心」をちょっぴり我慢して手を出さないで見守っていると、子どもたちは満足するまで繰り返し、自分の体験したことを通して逞しく成長していくことでしょう。

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